保育園のお迎えから帰った玄関で、君がドアノブにコートをかけながら深いため息をついた。その瞬間、鞄が床に落ちた鈍い音がリビングまで響いて、僕は思わずキッチンの手を止めた。プロジェクト仕様書の締切と次女の遠足準備が重なった月曜日、夕飯の支度をしながら僕が見つけたのは、床に散らばった折り紙の鶴と、あなたの頬に光った一粒の汗だった。
七色のクレヨンと社用印の間で
今朝、長男が描いた『家族の絵』に社用印が使われているのを見つけて、君が涙をこぼすほど笑っていた。保育園の送迎バスが去ったあと、スーツのポケットからクレヨンの欠片を取り出す仕草が、どこか誇らしげに見えた。
あの夕暮れ、会議資料を印刷しながらおむつ替えをした僕たちの『ダブルタスク測定値』なんて誰も評価しないけれど、あなたが洗濯物を畳みながらブレインストーミングする姿は、会社のどの研修より創造性に溢れている。
タイムカードとおやつの方程式
17時半のチャイムが『仕事の終了』と『母親の開始』を同時に告げる合図になってから何年だろう。先週、君がリモートワークの合間に作った型抜きクッキーを、子どもたちが『ママの魔法』と呼ぶようになった。
会議室とリビングを繋ぐビデオ通話の背景で、次女が突然現れて『ママ、トイレ終わったよ！』と報告するたび、君は社用タブレットを器用に傾けて微笑む。その切り替えスピードこそが、我が家の最高の生産性だと僕は思う。
羽織るものと脱ぐもののあいだ
出勤前のネクタイ調整と子どものリュックチェックを同時にする習慣が、いつの間にか僕たちの朝の儀式になった。君がバス停まで跑りながら外したイヤリングの片方を、僕が財布にしまっておく。
『パパのネクタイ、保育園の工作に使ってもいい？』という問い合わせは、もはや家族内通達事項だ。肩書きという鎧を脱いだときに初めて見える、柔らかい強さを僕たちは知っている。
オフィスの明かりと見守りランプ
残業の夜、帰宅途中のコンビニで買うおにぎりの数が、君の疲労度を測る単位になって久しい。でも先月、保育室モニターに映った寝顔を見ながらミーティングするあなたの横で、僕は気づいたんだ。
ノートパソコンの光とベビーモニターのランプが同じリズムで点滅していることに。仕事と育児の境界線が曖昧なほど、家族は深く結ばれていくのかもしれない。
終わりに：滴り落ちる一日の輝き
夜更け、書類の束をファイリングしながら洗濯物を仕分ける君の手が、なぜか美しく見える瞬間がある。翌日の会議資料と給食タオルが同じテーブルに並び、その上を子どもの寝言が泳いでいく。
家計簿の数値や人事評価には現れないこの手応えが、確かに僕たちの掌を温めている。キャリアよりも深く、育児日誌よりも豊かなこの小さな確かさこそが、今日という日を二人で生き抜いた勲章なのだと。
そう思うと、明日もまた君と共に、この愛しい矛盾を抱きしめられることに感謝が溢れる。まるで保育園の砂場で拾ったキラキラした石のように、何気ない一日の中に宝物を見つけ続けられるこの日々を。